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東京高等裁判所 昭和47年(う)435号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(控訴趣意)

弁護人黒沢雅寛提出の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

一、控訴趣意中法令適用の誤りの主張について。

所論は、本件において被害者春山が電話でもつて警察官に事故報告をなし、被告人も、このことを了知していたものであるから、被告人には事故報告の義務はないのに、被告人に報告義務があるものとして原判示第三の事実につき道路交通法七二条一項後段、一一九条一項一〇号を適用処断した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

道路交通法七二条一項後段で、交通事故の場合に運転者に報告義務を課しているのは、警察官をして速に交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩予の回復につき適切な措置を執らしめ、以つて道路における危険とこれによる被害の増大を防止し、交通の安全を図る等のためであると解されること、所論指摘のとおりである。しかし、車両相互間で事故の発生した場合には、報告義務を負う当該車両の運転者とは、それぞれの車両の運転者のことをいうのであつて、すなわち、道路交通法の右法条は、当該車両双方の運転者のいずれに対しても、右報告義務を課しているものと解せられる。しかし、もちろん、この報告義務を履行するについては必らずしも双方の運転者が相重復して同一の事項を報告する必要はなく、一方の運転者を通じ、又は第三者を介して所要事項を報告することも許される場合のありうることも、これを肯定しなければならない。しかし、同法七二条二項(および三項)の規定で、右の報告を受けた警察官は、必要があると認めた時は、報告をした運転者に対し、警察官が、現場に到着した後、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る必要な指示をする必要のあることを考慮して、現場へ到着するまで現場を去つてはならない旨を命ずることができるとされている趣旨からみても、一方の運転者を通じ、又は第三者を介して報告した場合には、それが自己のした報告と同視し得るような状況を確保しておくこと、すなわち、その報告者がはたして所要の事項を報告したかどうか、そして、その際、相手方警察官から前記のような命令があつたかどうかを確認できるように警察官が臨場するまでみずからその場に留まつているか、あるいは、やむを得ない理由によつて一時その場を離去せざるを得ないような場合には、自分の氏名および行先等をあらかじめ報告者に連絡しておくなどの措置を講じておかなければならないのであつて、ことここに出ることなく、中途から無断でひとりその場を離去し、所在を不明にしてしまつたような場合には、特段の事情のないかぎり、なお報告義務を尽くしたことにはならない、というべきである。ところで、本件において、被告人は、衝突事故を起した相手車両の運転者春山好夫が、警察署の警察官に事故報告をすることを知つていたことは認められる。しかし、右事故報告するに際して春山の方で被告人に「これから警察に電話する。」と話しただけで、被告人自身がすすんで警察官に報告しようとした形跡はないし、また、被告人の方から春山に対し、警察官に報告するよう依頼した事実も認められないばかりでなく、その事後の行動を見ても被告人は、春山が電話を借りに行つた付近の人家まで追随して来た気配はあるようであるが、いまだ所要の報告もすまないうちにいつのまにか姿をかくし、春山が警察官へ報告してふたたび現場へ戻つてきた時にはすでに被告人は、その場にいなくなつていたのであつて、被告人は、春山が警察官に対してどのような報告をしたか、そしてその結果はどうなつたかなどはいつさいこれを確認していないし、また、同人に自分の氏名はもちろん、、行き先なども知らせることもなく、しかも、自分が運転していた自動車を路上に残したままで、所在を不明にしてしまつたのである。してみると、被告人には、報告義務を尽したことにならないことはもち論、もともと警察官に所要の報告をする意思があつた、ということさえ、これを認めることが困難である、といわざるを得ないのであつて、いわんや、これをもつて、前記法条所定の報告義務を尽くしたものということはできない。したがつて、被告人に対し、右法条違反の責任を認めた原判決には法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

一、控訴趣意中量刑不当の主張について。

所論は諸般の情状よりみて被告人に対する原判決の量刑は不当に重いので、原判決破棄のうえ、執行猶予の判決を求める、というのである。

しかし、被告人の本件犯行は原判示のとおりであつて、無免許で普通貨物自動車を運転し、交差点での徐行義務に違反し、右方道路からの進入車と衝突し物損事故を起しながら警察官に報告しなかつたという責任は軽くない。特に被告人にはこれまで無免許運転で六回罰金刑に処せられたことがあるのに、いま、また、かさねて本件にいたつたのは、まことに遺憾であるといわざるを得ない。もつとも、被告人の運転免許の有無を確認することなくして軽がるしく被告人に自動車を運転させ、しかも本件の際みずからがその車両に同乗までしていたという雇傭会社側の手落ちも無視できないし、物損を与えた春山との間に示談の成立していることも量刑上考慮しないわけではない。しかし、右の点をはじめ所論指摘の被告人に有利な事情を十分考慮しても、前記犯情よりみて被告人に対して原判決程度の刑はやむを得ないところで、これが重きに過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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